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舞乙HiMEとスター・トレック/ボイジャーで

カテゴリ:映画

ゆうべ見た、舞乙HiMEの「ホワイトアウト」の回と、スター・トレック/ボイジャーの「NEMESIS」の回がおもしろかったです。

ちなみに、見てる人対象で見てない人置いてけぼりでネタバレ注意です。

まず、舞乙HiME。

今回で18話なんだけど、物語は、それまでずっと、ガルデローベ側、つまり、マシロ・ブラン・ド・ヴィントブルームの側で描かれており、見る側は、(肯否はともかく)完全にそちら側に感情移入している状態。

今までも数シーンほど、マシロの奔放と浪費政治の結果であるスラムの描写はあったものの、深刻さはあまりない程度です。

ところが18話に至って、突然庶民の不満が、強烈に押し出されます。マシロにとっては自業自得なんだけど、見る側は、今までの描写があって、マシロを憎みきれない。なんせ暫定女王といっても、まだ子供ですし。

そして問題のシーン。

民衆が、マシロのお世話係であるアオイ・セノーに、政治的責任とマシロの所在を問い詰めます。実は民衆に紛れてその場にいるマシロは、名乗り出ようにも、恐怖で足が動かない(この芝居がいい!)。民衆の中にマシロを見つけたアオイは、マシロを守るために、自ら崖下に飛び降りてしまいます。このときの詰め寄る民衆の目が、黒で塗りつぶされてるのが、またいいですね。

民衆の心理状態は、汚職事件なんかをニュースで見たときに、多くの読者が抱く感情と同じものなので、細かく描く必要はない、ということでしょうね。つまり、18話のクライマックスで、見る側は、為政者と民衆、どちらにも肩入れできる状態になってるわけで、じゃぁどっち?ていうと、どっちにも肩入れできない、と。うまく計算されるなぁと思いました。

続いて、スター・トレック/ボイジャー。

ある星でひとり遭難したチャコティ副長は、残虐なクレイリー人と戦ってるという、ヴォリ人たちに救われます。当初チャコティは、中立の立場で和解案など語ってみますが、クレイリー人の残虐性を目の当たりにして、徐々に難民側に肩入れしていきます。

そんなこんなで、結局チャコティは救出されるんですが、艦長のキャスリン・ジェインウェイから、実は状況は逆で、チャコティの体験はすべて、ヴォリによってプログラムされた、クレイリー人への憎しみを抱くための洗脳型戦闘訓練のひとつだと知らされます。異星人だろうがなんだろうが、適当な人間をかっさらって戦士に仕立て上げてしまうので、残虐なのは、むしろヴォリのほうだ、と。

しかし艦長の話だって、クレイリー人の大使から聞いた話なので、ホントかどうかわかったもんじゃありません。結局、この戦争がなぜ始まったかについては、まったく語られないまま、話は終わってしまう。見てる側は、どっちに肩入れすべきか、判断できない。

戦場の実態は、どちらに正義があろうと残虐なものだということは、今やだれもが知っているわけで、洗脳教育があったとはいえ、もしかしたらそれは、ひとつの結果に過ぎないかもしれないわけです。それに、もう十年以上戦争が続いていて、もはやなにが戦争の原因だったかなんてどうでもよくなっていて、憎しみの連鎖が戦争状態を維持するエネルギーになっている状況なら、なおさらです。

そして最後のチャコティの台詞

「(洗脳とはいえ)一度憎しみを抱くと、簡単には消えないものですね」

戦争って、始めちゃうと、終わらないんだよ、ていう意味でしょうね。

同じ日に、まったく関連のない作品の、似たようなテーマの回の放送が重なったので、印象に残りました。製作時期的には、舞乙HiMEのほうが、数年あとです。

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